レジデントノート

米国にて内科修行中。何ができるか模索している過程を記録していく

米国臨床留学に意味はあるのか

「海外旅行どうだった?」

「ん、まあよかったよ」

 

もしかしたら、上手くコミュニケーションが取れなかった、あまり良いサービスを受けられなかった、多少のトラブルがあった、などと本当はそれほど楽しくなかったにも関わらず、お金と労力をかけた手前そんな感じの回答を、自分に言い聞かせる意味も含めてしてしまう事もあるかもしれない

  

「留学どうだった?」

 

臨床留学に何を求めていたかによってはもしかすると、上と同じようにあまり歯切れの良い回答が出来なくなる事もありえるだろうと思う

 

専門科にもよるかもしれないが、もし純粋に臨床能力を高める事を目的とするなら、アメリカでしか学べない専門技術を習得する事を除けば、わざわざアメリカまで来なくても、十分日本で可能だろうし、準備も含めて留学に費やす時間をそのまま研鑚に費やせば、よほどそちらの方が能率が良いかもしれないと思う

 

では留学する意味はないのかと言えば、その答えは人それぞれだろうけど、少なくとも自分は本当に来てよかったと現在のところ感じている(もしかすると多少の自己暗示も含まれているかもしないが)

 

自分にとってはかなり高かったハードルをなんとか超えられた事によって得られた自信。共に来た家族がアメリカにはまってくれ、一緒に掛け替えのない時間を過ごせている事。チャレンジしておけば良かったという後悔が一つ減ったこと。挙げれば医師としてよりも人生の経験としての方が多くの意味を持つかもしれないが

 

医師として良かった事の一つは基準が上がったことである

それは臨床技術でなく意識においてだ

 

留学自体の価値がどれほどのものかは分からないが、少なくともそれをされてきた先人の方々の活躍は尊敬の念を抱かせるし、良い意味でプレッシャーを与えてくれる

 

ただの自意識過剰と言えばそれまでだが、それを利用して自分も何かできる事を行いたいという思いが強くなった

 

もともと意識の高くない自分にとっては非常に大きな意味があったと感じている