レジデントノート

米国にて内科修行中。何ができるか模索している過程を記録していく

200床以下の病院でのCOVID入院診療

 

病床が足りず医療が逼迫する理由の一つに病床数200床未満の民間病院のおよそ8割が患者を受け入れていない事があるという。おそらく人とモノが分散している事に起因すると考えられるため、乱暴な話それらをまとめて大きめの公立の病院に変えてしまえば状況が改善しそうな気もするが、現実的な案ではないだろう。対策としてはそれらの病院が患者を受け入れられない理由を調べ、今出来そうな事、次回の波までに出来そうな事、あるいは次回のパンデミックまでに準備出来そうな事を挙げ可能な支援を行う。そのくらいの事は百も承知で検討されているだろうが、患者受け入れに応じない場合は病院名を公表する、そんな事が聞こえてくると方向性に疑問が生じてしまう

 

自分は現在アメリカの州境にある、200床未満の病院で勤務している。産婦人科、精神科ベッドをのぞいて一般病棟2棟およびICUの計50床で内科および外科系患者の入院診療を行なっている。パンデミックの当初からCOVID患者を受け入れており、病棟がCOVID患者とそれ以外に分けられている。ピーク時にはICUおよび1病棟のほぼ全てがCOVID患者で占められた時期もあった。公的な病院でそもそも患者を受け入れないという選択肢がなく条件も異なるが、何がCOVID入院診療を可能にする事に役立っているかを考えてみた

 

 

COVID診療において有用なものの一つに財政補助があるだろう。詳細は知らないが当院も行政から援助を受けているはずだ。そんな支援にもかかわらずパンデミックの最中病院が経営破綻したというニュースを日米両国で耳にした。COVID診療に手を出したがために財政破綻したなどという事があると、ますます周りの腰が引けてしまうため、願わくばそんな事態が起こらないよう政府は全力で受け入れ機関を守っていただきたい、と全体の財政事情も分かっていない自分は安易に思ってしまう

 

 

残念ながら財政支援以外で有効と思われる事はどれも今すぐ変えられそうにないものばかりであったが以下それを一つ一つ挙げていく

 

 

 

 

 

 

呼吸療法士

「人工呼吸器を扱える看護師がいない」。患者を受け入れられない理由の一つとしてそんな声が聞こえてきた。当院はICUを備え専属のナースがいる。そしてこんな事を言ったら怒られそうだが、呼吸器の知識に長け、容易に扱えるナースといって思う浮かぶ顔はあまりいない。専門家から言わせれば自分も五十歩百歩だろうが、それでも支障なくみんな勤務を行なっているように見える。その理由に呼吸療法士の存在がある。呼吸療法士が日勤および夜勤帯ともに常在し、呼吸器に関するトラブルシューティングを速やかに行ってくれるからだ。呼吸器患者の看護、体位変換、吸引などに関する助言も行なっているはずである。呼吸器患者の酸素飽和度が下がった場合なんか医師より先にコールされるくらいだ。「設定をこのように変更しましたがよろしいでしょうか」などと事後報告される場合も多い。呼吸状態が悪化した患者にBIPAPを開始する際も設定くらいは問われるがあとは全て行ってくれる。動脈血液ガス採取も施行し、挙げ句の果てには抜管まで行ってくれるのである。州ごとに多少法律が違うのでちゃんと把握していないが、本来は医師の監督下のもと、であるはずだが実臨床では呼吸療法士が行ったことを医師が後から承認するという事が多々ある現状であろうと想像する。医師にとって、特に集中治療医がいない病院などでは、これほどCOVID診療の助けとなる存在はない気がする。日本では呼吸理学療法士は理学療法士や看護師などがさらに知識を深めて得られる資格だと理解しているが、とても同じだけの裁量が許されているとは想像できない。今からさらに呼吸器が発達しその扱いに高度な知識を要し、かつ集中治療医が必ずしも全ての医療機関に配属されづらい事を考えると可能業務が拡大された呼吸療法士の存在は非常に大きな役割を果たすだろうと考えられる

 

 

 

 

Phlebotomist(フレボトミスト)

採血を専門とする医療従事者がいる。高校卒業資格があり、4ヶ月から1年間のトレーニングを受ければなれる業種である。米国におよそ12万人いるそうだ。基本的には院内のほとんどの採血を行ってくれる。COVID診療に直接影響するわけではないが看護師の負担は減らしてくれる。点滴交換、経管栄養の準備、シフトの引き継ぎ準備などで忙しい朝方に多くの人の採血を行うことは大変である。得手不得手もあるだろうし採血が非常に困難な患者もいて、時に複数回失敗してしまう場合だってあり、担当を続ける患者との関係性に多少の影響を及ぼす可能性もあるかもしれない。技術の高い専門家が引き受けてくれれば、その物理的・心的負担の軽減は、ただでさえ負荷のかかるパンデミックの最中には特に大きいと考えられる。看護業務の効率化、場合によっては少しでも疲弊を減らしバーンアウトを防げる可能性があるのであれば、その人件費はペイされるのかもしれない

 

 

 

eICU

当院では数年前から常勤の集中治療医が1人勤務している。勤務時間は平日の日勤帯で、それ以外、つまり夜勤帯と土日の大半はeICUによるICU患者管理が行われている。eICUというのは集中治療医が専門医のいない病院のICU治療を遠隔で支援するシステムである。遠隔センター、当院の契約しているeICUは近隣の大学病院に所在するが、そこに待機する集中治療医がカルテ情報、患者モニター、呼吸器情報などにアクセスし、場合によっては病室に設置されたカメラを通して患者を観察し診療を支援する。基本的には電話で遠隔センターにいる専門ナースあるいは医師に相談して指示を仰ぐのだが、患者の急変時などは病室内にある緊急ボタンを押せば即座に集中治療医とテレビ電話がつながるシステムとなっている。夜勤帯のICUのほぼ全てのコールは夜勤医でなくeICUに繋がれ、夜勤医が呼ばれるのは急変時などの特別な場合のみである。アメリカにおけるeICUの導入は2000年頃からで、ICU患者の死亡率低下、ICU入院期間短縮、それによる医療費削減などがスタディでも報告されており、現在では全米のICU病床の15%がeICUによってカバーされている。1人の集中治療医と数人の専門ナースがチームを組んで同時に複数の病院のICU患者およそ100150人の診療を行なっている。COVID患者でICUが埋められている状況において24時間いつでも集中治療医に電話コンサルトできる環境は非常に心強く感じる

 

 

 

 

病棟医

受け入れが難しい原因として「呼吸器内科がいないから」ということも聞く。当院にも常勤の呼吸器内科医が1人いるがCOVID患者を受け持つことはない。COVIDも含め内科患者は全てホスピタリスト、いわゆる病棟専門医が主治医となり、呼吸器内科などの専門家はコンサルタントとなるからだ。ホスピタリストが入院業務全般を引き受けることによって、専門家はその知識・経験を必要とされる難しい患者診療により多く発揮・共有されることが可能となる。当院のCOVID診療において主にコンサルタントとなるのは呼吸器内科ではなく感染症内科である。特定の治療薬を使うか否かの判断、あるいはその承認、検査や感染隔離などで相談を受ける。常勤医が1人いてパンデミックの中活躍している。専門家の助言が得られればより説得力をもって診療が可能となる。ただその感染症内科医がいなければCOVID診療もままならないかと言えば必ずしもそうとは言えない気がする。多少アウトカムは下がる可能性もあるが、アクセスできる最新情報は皆同じであるし、COVIDだけで言えば診療経験年数も変わらないからだ。ジェネラリスト万能と言いたい訳ではもちろんないが、非常事態なのだから誰かが患者を診ざるを得ず、ホスピタリストがいれば「専門外で見られません」という理屈が通らないためCOVID患者の担当を決める際に困らないで済むだろうと感じる

 

 

 

Nurse practitioner 

人手不足という要因も大きいだろうが、これはなにもパンデミックで始まったことではない。アメリカでも医師が有り余っている訳ではなく、特に都市部以外で医師不足が存在するのは同じである。その解決に大きな役割を果たしているのがナースプラクティショナーの存在だ。看護師が学位を取得し試験に合格してなる資格である。州ごとに規制が異なるが、外科手術など以外では医師とほぼ同等の診療、診断、検査、処方等が行える。当院でもナースプラクティショナーが、担当患者数は多少減らされるものの医師と同じようにホスピタリストとして入院患者を受け持ち診療を行なっている。日勤は医師2人とナースプラクティショナー1人、時にその逆の比率でシフトが組まれ2病棟をカバーしている。ナースプラクティショナーなしではとても病棟業務を回せない状況となっている。その存在なくしてCOVID入院診療を継続できないのは言うまでもない

 

 

 

 

緩和ケア

当院には常勤の緩和ケアナースプラクティショナーが1人いる。予後が悪そうだと判断されれば速やかにコンサルト依頼が出される事が多い。進行した認知症、進行性悪性疾患、慢性呼吸不全、心不全にて入院を繰り返す高齢者など。依頼を受けたナースプラクティショナーが本人および主要家族での話し合いをコーディネートしてくれる。予想される経過、予後、アドバンスドケアプラン、退院後に受けられるサービス、ホスピスへの連携、苦痛・苦悩への対処法などを長い時間かけてきめ細やかに話してくれる。その対応で患者・家族の考えが変わりアドバンスドケアプランが大きく変更されることも多々ある。そしてそのコンサルトはCOVID患者においても同様に行われている。呼吸状態が改善せず人工呼吸療法が長引く、臓器不全が進行する、昇圧剤にて血圧が保てない、などの場合で相談されることも多い。家族との話し合いを繰り返した末に治療撤退を決め気管チューブが抜かれた患者も多数いる。もちろん最後まで諦めずに治療を継続する場合もある。正解というものはないだろうが、少なくとも転機にかかわらず本人の苦痛を少しでも和らげる、家族と対話を続けてその苦悩に寄り添う、という意味で緩和ケアナースプラクティショナーの果たす役割は非常に大きいと感じる

 

 

 

 

個室

当院は全室個室である。COVIDを受け入れるのに優位に働くのは当然のことだろう

 

 

 

 

ヒーロー・ヒロインイズム

良くも悪くもそういう風潮があると感じる。院内で「我々は敵と戦う勇者である」みたいな感じのポスターを見かけることがある。院外ではそれを称え街の人が拍手を送ってくれたり、場合によっては医療従事者を優遇してくれるお店まである。その影響もあるかもしれないがマスメディアの報道も、ナーシングホームで大規模のクラスターが発生したというニュースを一度見たことはあるが、院内クラスターが起こりそれを糾弾する雰囲気の報道は目にしたことがない。COVIDに関わる医療従事者あるいはその家族が保育園の入所やその類のことで不遇な目に遭ったという事も、実際には起こっているかもしれないが、少なくとも耳にしたことはない。人々の士気を下げる事はしないという意味では、少し安易な、と言ったら叱られそうだが、そういうヒーロー・ヒロインイズムも緊急事態下では有意に働くのだろうと感じる

 

 

 

 

COVID入院診療に役立っていることを挙げてみてたどりつく結論は規制緩和と分業によって個人の負担を軽減し専門知識を共有することであった

 

遠隔医療やナースプラクティショナーの導入に難色を示す動きもあるという。人と資源が限られ効率よく活用しなければならない状況においては単に時間の問題である気もし、自分で自分の首を絞めているようにも思えてしまう。何でも追随すればよい、という事ではないが、周りのアイデアを参考にしながら自分にあった最適解を探し、ともに難局を乗り越えていくことが大切になるのだろうと感じる

 

 

 

 

 

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